2011年10月7日金曜日

むかしむかし…

あるところに、
「このおててにあうてぶくろくださいな…」
のひとことでもって全てを悟らしめ、木の葉一枚で
手袋をゲットしおった毛むくじゃらの野獣がいたそうな。

まことに母の愛と純真さとは偉大である。
一方、、、、
「このあしにあうスリッパくださいな…」
寒風吹く平成の世において、これでは格好がつかないこと
甚だしい。むしろ即刻110番通報の対象とすべきである。

したがってがまは今日も裸足なのだ… gama

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追記:木の葉一枚は間違いであった。
訂正 銀貨2枚。。。。ふううむ。

2011年10月3日月曜日

表札と門灯 <ライネケ院長>

我が家の自宅側の木戸に表札を付けた。

どうかな?
なかなかいいでしょ?

実はこれ、末っ子Shige君の作品なんだ。
彼が中学生時代に作ってくれたんだけど、ずっとそのままになっていた。
厚い鉄板を、どうやってかは知らないが、切り抜いたものだ。
デザインはShige君。

ライネケが、水性ペイントで緑色に塗って、木の台にねじ止めして、さらにそれを木戸に貼付けてみた。

なかなか。うん。


さらに、夜帰宅した時、我が家のヴァルボラ扉の前までたどり着いて、鍵を開けようとしたら、暗くて鍵穴が見えず、苦労して来た。

それで、門灯をつけることにした。気の利いたものにしたかったんだが、なかなか、これっていうものがなくて来たんだが、最近、例によってヴァルボラに立ち寄ったら、こんなのどうだ、という古いイギリスのものがあったんだ。

で、こんな具合。
 ほら、ヴァルボラ扉の中央の真上にあるのがそう。

左側上の方に見える白い箱は、明るさ、暗さを感知して、自動的に点灯消灯するための感知器。



門灯自体も、施工費も大したことなかったんだが、感知器が高くついた。


 扉自体もアンティークのステンドグラスの扉なんだが、この門灯もアンティークのステンドグラスもの。

金属部分はかなり朽ちているが、それがいい雰囲気になると思う。

中の電球は、日本式のねじ式でなくて、底に2接点式のバルブなので、電球型蛍光管が使えないが、常時点灯でないので、まあいいか。


夜になって、門扉に近づくと、ほら点灯した。

どう、いいでしょ?










本当は、もっと下に付けたかったんだけどね。いろいろ、都合があって、むずかしかったみたいなのだ。










家にたどり着いた時、ほっとするような門灯が欲しかった。
今度、帰って来たら、見て下さい。


2011年9月29日木曜日

曽爾高原

ある日、近鉄に揺られるがまの目にふと吊り広告がとまった。
「曽爾高原 すすき散策切符
            金色・銀色に輝く草原の大パノラマへ」
「そにこうげんか……。」
がまは目を閉じて想像した。
どこまでもなだらかに続く高原の山並み
涼しい秋風にそよぐ枯れすすきの輝き
「いいではないか!高原が呼んでいるぞよ!」

その後、仕事中でも曽爾高原の呼び声は止んでいない。

               がま

2011年9月23日金曜日

徒然雑草  Chica

なんとか、生きて合宿から戻ってきたよ。
人見知りをこじらせたら、人間はどうなるのか?

答え
38度近くの熱が出て、うなされ
喉を痛めて声が枯れる。

恐ろしい!
なんて恐ろしい!
奇跡の生還じゃあるまいか。
ハヤブサ並みですよ。
そんな、こんなで、合宿でなにをしていたかというと
避暑地で有名な長野の某所にある美術館の展示をしてきたんだな。

合宿メンバーは訳も分からずチーム分けされて、
バスに乗せられ、長野の山奥に連行。
絵画作品のリストを渡され、これで展示室のプランを作れと
頭に三角スケールを突き付けられ
生きるか死ぬかの選択を迫られる。
夢を強制労働で奪われ、余裕は喜び組に連れ攫われ
今となっては、チームの人間しか信じられない
哀れな者たちが肩を寄せ合い、涙をこらえて
プランを練るのです。
この恐怖の政権から逃げ出し生き延びるためには
パソコン一台を手に入れて、
コンペという名の海を渡るしかない。

1日に1回、「50分の1スケール マンセ―!」と唱え、
収容所の寝床に帰っても、その日のノルマを達成できなかった者は
指導室に呼び出され、ノルマの達成まで寝る事が出来ず
出される食事は、小箱に詰められた
油にまみれた蛋白質と干からびかけた繊維質ばかり。

止まらない咳と、朦朧とする頭を
薬でだましながら
ただただ、日常という名の憧れの国を目指して
チームとチームの騙し合い。
そこにはもう、人間性だとかなんだとかは残っていないのです。
持てる限りの知恵を出し合って
パワーポイントを駆使し、さわやかな笑顔と共にプレゼンを行い
嫌な突っ込みは聞こえない振りをして
ただただ長所だけを押しまくる。

で、だ。
どうなったかっつうと。

コンペに勝ったんですよ。
来週の水曜日から、その美術館で一般公開(もちろん有料)される
展示の構想:作品の並べ方とかストーリーとかを
私のチームが手掛けたという訳です。
ちなみに、展示室前で配布される案内リーフレットの挨拶文も
文章だけのコンペが行われて勝ったんで
それも、まるっと記載されとります。
リーフレットデザインは違うチームのです。

まあ、そういう訳です。
長野の蓼科に、お出かけの際は
ぜひ足をお運びください。 なんて宣伝してみたりもする。
詳細はここには載せないよ。身ばれするからね。
こんな極地ブログでも検索は怖いからね。

これが、その某所で勝ちとった展示風景ですな。
ちなみに、奥のほうの緑色の絵について
作品と作家についての解説も書きました。
それも小さなパネルになって展示されてます。

で、だ。
これで私が、某資格取得に関して安泰かというと
そうじゃないんだ。これがまた。
だって、大量のレポート提出が残ってるから。
1月までに出さなきゃいけないの。

素直に喜んでる暇もない。
そんなもんだよね。
うん、知ってた。

とりあえず、傷をなめ合う仲間ができたんで、
猫の顔洗い並みに舐めてみることにします。
ペロペロ。ニャー。

2011年9月14日水曜日

徒然雑草  Chica

何をするにも理由が必要な生き方なので
息をするにも息が詰まる。
読書がなんなのかと問われたら、私はおそらくこう答える。
それは私にとってのたぶん信仰の一種なのです。

文字を追う事で何かから解脱できるとは信じていないけれど
心のよりどころであることは確かだ。
そして、信頼できる蔵書を身近に置く事で
私は心の安らぎを得ている。

何かから逃避したい時も
何かを得たい時も
何かを切り捨てる時も
何かを探す時も

私の行き先は活字だった。

こんなに、優しい顔をして
穏やかに座っていられたら、なんて素敵でしょう。

低い鼻も、褐色の肌も、切りそろえられた前髪も似ている。
この子と仲良く暮らそう。

私を見守ってくれる全ての人に感謝する。


活字を追うのは大得意だが、数字はからきしである。
ギリシャ数字はいまだに覚えられない。
実はいまいち、1と7の区別がつかない時すらある。
小学校1年生で時計の読み方を勉強した時
1時5分とか、4時20分とかが読めなくて絶望した。

そんな私が、時計を買いました。
驚くほど高価な時計なので院長や事務長には
呆れられたり、叱られたりすると思いますが、
自分で持ちたいと強く思ったし
これなら読めると思ったので、買いました。

なにが良いって、「今から45分後にね~」とか言われて
いつ集合したらいいのか、分かるようになったという事です。
画期的だ!


今週末から、来週半ばまで、長野に監禁されにいってきます。
お勉強。お勉強。
見ず知らずの初対面の人と、約1週間、ホテルで相部屋になるんだよ。
人見知りこじらせて、死ねる。
生きて帰ってきたら、また報告します。










2011年9月13日火曜日

Luna

最近「りっぱなしゃかいじん」の真似事をしているがまは、
夜勤から帰った午前1時、中秋の明月を眺めて思った。
「団子が食いたい。」

その後しばらくして、
「今日あたり、うさぎさんは元気に餅つきをしているだろうか。」
とも考えたらしい。歩く胃袋とはよくいったものだ。
geko

2011年9月11日日曜日

徒然雑草 chica

9月某日、友人と神楽坂でランチ。
昼間から、梅酒舐めつつ有耶無耶話。
ケーキと共に歌を歌ってもらったりなんかしちゃって、
恐縮するばかりなり。

全くもって、持つべきものは理解ある友人だ。

左耳の軟骨に入れていた、惑星のピアスを卒業した。
誕生石のサファイアさんの降臨である。
男性陣には、さっぱりなんのこっちゃと思われるであろうが、
女は、いつだってピカピカキラキラしたものを身に付けたい性分なのだ。
いつ、バーバリアンに攫われるか分からないから。
知的財産も有形財産も全て身につけてなんぼじゃ。

その他に、まともな食生活を促す調理器具やら
心の潤いをもたらすDVDセレクションなども、続々配達され
驚くばかりである。

多謝。多謝。

メールやらバックコーラスの救急車サイレント共に電話をくれたりと
全国にバラバラにもかかわらず律儀に連絡をくれた
賢い青年たちには、もちろん感謝の思いで感無量である。


そんな中、ネコパコ事務長からの贈り物。
この子については、また後日。

だって勤務中だから。
ニャハ―。