2016年2月3日水曜日

ようこそ 私たちのもとへ

1月31日、正午過ぎ、hirさんが産気づいたという連絡があり、ライネケとネコパコは、ルポに飛び乗り、瀬戸大橋を渡り、一路姫路に向かった。一週間前は、全国的な大寒気におおわれ、各地が大雪に見舞われたばかりだったが、一転しておだやかな日曜日の高速道を走り続けた。

高速道路を走っている途中、破水したという連絡があり、さらに17時過ぎには、無事、出産のメールが届いた。

20時ころ、姫路の病院に着き、病室で、私たちにとっては初孫となった赤ちゃんと対面した。


時々、ちょっと泣くだけで、おとなしい男の子。一時、ちょっと低酸素状態があったらしいが、あまり問題なさそうに生まれてきてくれた。


おめでとう、haruno君、hirさん。



数日前から、Mis家のお母さんが来ておられて、母子の面倒を見ておられた。このあとひと月程はお世話してくださるのだそうだ。ご苦労様です。


この大泣きしている赤ちゃんが誰か分かるかな?
30年前、生まれてしばらくして、吉川に連れられて来たharuno君と、それを撫でてやっているchicaさん。親子三人きりで水入らずの愛情を独り占めしてきたのに、あらたな闖入者に対処しなければならなかったchicaさんの心境やいかにというところかな。

とにかく、haruno君はよく泣いたよ。彼の鳴き声は高周波で、窓ガラスが震いそうだった。火がつくように泣くので、ぱんぱん栗というあだ名をつけた程だ。

4人育てたけど、生まれたての赤ん坊は、ぱっと見たらみんな似たように見える、というのが正直な感想だ。吉川ばあちゃんは、初めてharuno君の顔を見て、「まあ、なかだかの顔じゃこと」、と言ったそうだ。この赤ん坊はどうかな?


おいらの目には、いたって整った顔の子に見えるがな。

伊予ばあちゃんにも、吉川ばあちゃんにも、抱かせてあげたい。
彼女たちの曾孫の一人なのだし、伊予ばあちゃんにとっては初めての曾孫なのだから。

ようこそ 私たちのもとへ

4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

わーい!この記事を待ってました。
hh夫婦、出産おめでとう!

haruを出産で産院に入った事務長とバイバイした時、
振り返ったら事務長と院長が困るのかなと思って
一心不乱に階段を降りてそのまま車に乗ったこと。
吉川でお留守番をしながら裏の蔵の廊下の拭き掃除をしたこと。

そんな事を思い出した、31日でした。

母子ともに元気そうでなによりです。

今年はついにshig君が社会デビューで我が家は子供たちが全員
院長と事務長の巣から羽ばたくことになる訳ですが、
そんな年に我が家から派生した家庭が、新しい家族と共に
歩みを進め出すというのは感慨深いものですね。

仙人掌姉







ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
そう、大津のA産婦人科で、これからお産するネコパコを病室に残して、私はChicaさんを連れて吉川に向かったのだった。おいらは、頑張りな、とネコパコに手を振って、病室を辞したのだが、Chicaさんは病院の薄暗い階段をおいらに先立って、一度も振り返ることなく降りていった。後ろから見るおいらの目には、Chicaさんが腕で顔をこすって、なんだか、涙を拭っているように見えた。気丈な子だな、と思った。その通りになった。
しっかりした子どもたちに育ってくれて、ありがたいよ。
お互い、ずっと仲良くしていてください。

ライネケとネコパコの二人が、いつの間にか六人になり、そこから、誰かが巣立っていくと、さらに、そこでまた増えていく。港に立って、じっと眺めていると、入ってくる船があれば、どこかに出ていく船がある。そんな不思議な気持ち。

kurashiki-keiko さんのコメント...

おおお、けなげだったChicaさんの姿は、弟が2人いる私にとってもなんだか重なるような気がしました。
 そうですよねえ。
 また、イチョウさんの思いもまた。このお正月に一家そろって母の元を訪ねた時には、母と亡父から生まれた私が夫と夫婦になり、子供3人を作り、その子供たちがそれぞれ伴侶を得て私たちにとっては孫4人を連れてみんなで記念写真を撮った時には、「一粒の麦、地に落ちて」こうなったのかなあ、と感慨ひとしおだったものです。

ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
kurashiki-keikoさま、
コメントありがとうございます。
いつの間にか、私達もお爺さん、お婆さんになってしまいました。
不思議なものです。
私達もおのおの、「一粒の麦」なのですが、まだ、地に落ちてはいません。もうしばらく、生かしておいて下さいな。