2016年2月13日土曜日

お耳の光り物の話 仙人掌姉

短大2年間の寮生活の間に、仙人掌姉の耳には穴が5つ開いた。
友人と大雑把に開け合った穴である。
仙人掌姉は仙人掌と呼ばれる以前は「鴉のお嬢」と呼ばれていて
鴉が巣にピカピカ光る物を持ち込むみたいに
光り物やら細かいガラクタを並べ立てるのが好きだったから、その名になった訳です。
そんな鴉嬢らしく、耳の穴にはピカピカ光る色々な物を飾るのが好きで
「すっきりスタイリッシュ」が好きな事務長には大変不評な様子。
「穴をせめて1対だけにしなさい」としばらくは言われていたものの
さっぱり減らす気がないのを見た事務長も最近は諦めてくれたらしい。
 
さて、私の耳の話は置いといて、これまた10年程前の話。
仙人掌姉の通っていた大学美術系だったので
論文じゃなくて何かしら作って提出する事で卒業が可能だったのです。
自身も西の都のと或るお寺の中に、こつこつ庭を造らせてもらって
それを卒業制作にしました。
庭を造るったって、一人では出来っこない訳で、
友人とか講師とか兄弟の力を貸してもらって、どうにかこうにか形にします。
私の後輩も同じことをして、卒業したいという事で応援要請が来ました。
仙人掌姉はその頃すでに東の都へ出稼ぎに来ていたのですが、
「それならいっちょやったろかい」という事で新幹線に飛び乗って
西の都で後輩が庭を造らせてもらうお寺に出掛けて行った訳です。
後輩の要望通り、穴を掘ったり石を転がしたりの仕事の休憩時間。
お寺の境内の軒下を何の気に無しにお茶を片手に眺めていたら
眼があっちゃった。
軒下に潜む何かと眼がばっちりあっちゃった。
つぶらな瞳が可愛いねって言われるタイプです僕。
 
 
おぬし何者じゃ。名を名乗れ。
埃と蜘蛛の巣だらけの軒下に潜り込んで引っ張り出してみたら
獅子の頭でした。
愛嬌のある顔をしてるなあと、そこら辺にあった雑巾で拭いてやっていたら
それを見ていた後輩が「あー、それの体ならここにありますよー」と
首から下の体を庭の端から持ってきた。
胴体の上に石ころ載せてペットのロボットのAIBOだって笑って遊んでたらしい。
可哀想な事してやるなよー。
頭を胴体に載せてみると、大きく開いた口から煙が抜ける形の香炉らしいと判明。
左の耳が少し欠けているものの、あとは全く無傷。
寺の住職さんは軒下にあるもので欲しいものがあれば、好きに持って行けばいいと
言っていたらしいので、私は庭作りの報酬にこの獅子を貰う事にしたのです。
 

東の都に帰ってから、一緒に風呂に連れ込んで、
尻尾の先から前足の先までしっかりしっかり洗ってやり、
大きく広がった胴体の内側の汚れを落としている途中で、気が付いた。
「これ底に何かが書いてある・・・・」
瞬間的に冷やっと感じた何かが的中。
腹の底に墨で書かれていたのは、どうも誰かの戒名。
自分の足元を流れていく埃やら土やらに目をやって、「これはマズイかも」

とりあえずここまでやっちゃったんだしと、最後まで洗いきって
自分の体を洗うのも、どうしていいのかよく分からなくなったまま、風呂をあがり、
「色々あるけど、これもなんかの縁だよね」と誰に言い聞かせるでもなく
呟きながら就寝。
その晩から1週間。

妙に夜中に目が覚める・・・・・・・。
なにも無いのにふっと起きてしまう。
今までお化けを見たこともないし、
自分のご先祖様が肩に乗ってるなんて感じた事もないし、
そもそも霊感とかそんなの気にしない性分なのに、目が覚める。
これはどうしたもんだろう。

どうにも居心地が悪いまま暫く過ごした後、もう考えても仕方ないと思い切りました。
或る夜、部屋に帰ってから、獅子を前にして自分の好きなお香を用意した。
そして獅子に言ったのです。
「いや、お前の仕事が何だったしらないからどしようもないんだけどさ、
あのまま軒下に居るのもしんどかったやろうし、今はこうして私の処へ来たんだからさ、」
そして火を付けたお香を獅子の腹の中に入れて、
「まぁ仲良くしていこうよね」

口から薫る白い煙を吐きながら、獅子が何を思ったかは知らないけれど、
その晩から仙人掌姉の快眠は帰ってきました。


お香を焚いた後、お世話になってるお寺の比丘尼に香炉の話をしたところ、
香炉を骨壺にするのは聞いたことがないから、誰かがその人を偲んで作ったもので
気にすることはないんじゃないと言われました。
落ち着かないなら味塩でもいいからパラっと撒きなはれと言われ
あの時お香を焚いたのは、あながち間違いではなかったと思った次第。

仲良く暮らしているけれど、それでも耳が欠けているのが不憫でならないものです。
どうにかしてやりたいと思っていたら、昨年の秋、駅前のお洒落な駅ビルの中で
若い女性が金継ぎの実演をしているのに出会いました。
しばらく黙って見ていたのですが、なかなか細かく仕事をしているし、
料金案内には、継ぐ広さや材料の違いで値段が明記されていて
なかなか好感がもてました。
この人になら私の獅子も預けて安心だとなんとなく思い、話しかけると
きちんと応対して見積をくれました。
部屋に帰って、獅子に
「お前の耳を治してもらうだけだから、離れ離れになっても、
ちゃんと帰ってくるから安心しろ」と話をして、次の日、頭だけ持って行き
金継ぎの職人さんに託したのです。
出来上がりは翌年の初春になると言われて、楽しみに待っていたら、
つい先日連絡が。

足取りも軽く受け取りに行きました。
帰って来た獅子の耳の、この出来栄え!

野良猫が去勢手術をされた印に、耳をカットされた桜耳みたいだったのが、
漆の上に金で化粧して、ほらこの通り。
滑らかだし、左右の形も揃っているし、満足な仕上がりです。

金継ぎをしてくれたのは、「うるしさん」という若い女性職人ユニット。
http://urushisan.com/
誠実な仕事ぶりだと感じます。



あれから何度か引っ越しをして、
まだ東の都に仙人掌姉は一人で暮らしているけれど
獅子はずっと姉と一緒に居ます。
玄関の扉に向かって口を開いて、姉が帰ってくると出迎えてくれます。

金の継ぎ耳の獅子と金ぴか飾りを付けた耳の女と。

生きていくのに色々思うこともあるけれど、
好きな物に囲まれて好きなように生きているなら、
これはこれで幸せなんだと思います。

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

<ネコパコ>
いろんなことが有機的に組み合わさって起こったり、起こらなかったりする。
あとで考えたら、やっぱりそれがそうなったんだと納得がいくのは、その時は深層心理で自分が選んでいた事だったのだと、妙な納得をすることがある
一言でいえば、それがご縁というものなのでしょうか
獅子の香炉いいですね
なんだか少々間抜け気味に見えるのがご愛嬌です
虎の香炉も間抜け気味だし…
あなたの処に集まるのに意味があるのでしょう
仲良くやってください

ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
耳の金継ぎ。うまくいったね。よかったね。
ロナの両耳の先が、宿敵クロタとの喧嘩で、きれぎれになっていたのを思い出したよ。
時々香を焚いてやって下さい。

ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
おいらの好みに過ぎないので、一般論じゃないんだが。
いいな、と思う金継ぎは、何だか、金の部分だけ、ちょっと浮いているように見える。
それで触ってみると段差もないし、そこの部分が盛り上がっているというわけでもない。
まるで、舞妓さんのおちょぼ口みたいに、ポチッと、浮き上がってるみたいに見える。
金の種類、状況によるんだろうけど、金色の表面が薄く透明な被膜を持ったみたいに、つるっと、湿り気を帯びたように見える。

吉川に帰るたびに出て来た木の葉皿は、おそらく明治くらいの伊万里なんだろうけど、ネコパコが吉川ばあちゃんから拝領した。5枚ほどあったんだが、ひびや欠けがあったので、松山市の焼物屋さんが金継ぎをするというので、持って行った。おじさんは、ぱっと見て、大したものじゃないので、金継ぎと言っても、お手軽金継ぎでいいですね、と言って、まあ、いいやと思ってまかせることにした。数週間経って、とりにいったら、3000円ほどですと言う。1枚3000円か、と思ったら全部でそれだけだと言う。
出来上がりを見たら、情けないような出来上がりだったよ。そのおじさんが、他の客に説明してるのを聞いてたら、焼物の作者のことを「作家の先生」とか言ってるのを聞いてて、悪い予感がしたんだが、やっぱりという感じだった。
何より、吉川との思い出のこもったものを、うっかりした人に任せてしまったということに対して、残念、無念さが残ったね。人が大切にしているものは、それがどういうものであろうが、大事にしてあげなければならないよ。

匿名 さんのコメント...

あの木の葉皿のことを覚えていたので、
お直しに出すならちゃんとした人に出したいと思っていたんですよ。
台湾の故宮でみた銀の輪のお直しも綺麗だと思いましたが、
古いものを大事に使うというのも、それが美しいと思うのも
良い文化だと思います。

獅子、悪さをしない良い子だと信じて仲良く暮らしますだ。
他にも妙な生き物がいっぱいいる我が部屋ですし。
仙人掌姉

ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
金継ぎみたいな技術を磨き、大切なものを直すだけでなく、使えるようにする、さらに、直したことによって、その中に、新しい美を見る、という文化というか習慣、習俗、風習は、他の国々民族にもあるのだろうか。
自画自賛の日本文化独自論には陥らないようにしないといけないが、日本に日本人として生まれ育ったということにありがたさを覚えるね。どこぞの国なんて、ステンレスのお椀と箸に、鋏だもんな。

昔、道後の骨董店に真っ黒な木彫りのえびすさんと大黒さんの対が出てたんだけど、買わなかった。その後、欲しくなっていろいろ探すけど、なかなかないもんだ。ある骨董屋で古物の大黒さんはないか、と訊いたら、その骨董屋の親父が言うには、ああいうものは前の持ち主時代の心というか、因縁というか、そういうものが呪いみたいにつきまとっているから、うっかり売り買いしちゃ駄目なんで置いていない、なんて、丁度、自分の店に売るものがない言い訳みたいに言ったんだけど、それ以来、本当にそうかもしれんと思うこともある。

この獅子は、そんな顔をしてないから、大丈夫だと思いますよ。むしろ、耳を直してもらって喜んでいるさ。貴女のところにやって来て、落ち着いているのは、縁があったからこそさ。