2014年10月15日水曜日

七九 六十三、八八 六十四 <写真はないが、ライネケの冒険>

昨日、台風19号が去り、今朝早いうちは雲の多かった空が、明るくなって来て、昼前には、すっかり青空になった。今日10月15日は、松前町のお祭りの日で、休診日だ。ネコパコは、先週金曜日から東京に行ってて、今夜、帰って来る筈だ。

朝、いい風が吹いているので、海に出ることにした。
朝食を済ませ、舟を230TEの上に積み、塩屋の浜に行く。
波打ち際で、艤装をしていると、北北西の風が結構な勢いで吹いていて、セールをゆるめていても、舟幅が狭くて底の丸いアクアミューズは横倒しになりそうになる。
ウェットスーツの短いのを着て来たが、海に立ちこんでみると、潮は暖かい。

苦労なく出艇した。
どんどん沖に出て、右手に垣生港の赤い灯台、左手に伊予市のヤマキの赤い大看板が見える所まで行って、南下する。沖合に出てから、風はますます強くなり、5m/秒弱はあるんじゃないか。追い風を受けて、波を切り裂きながら、塩屋の浜から離れて行く。

待てよ、こんな調子で南に行って、帰ろうと思って、北上しようとして、帰れなくなるんじゃないか。なんといっても、あまり危ないことは避けるべきだろう。おいらも賢くなったもんだよ。

というわけで、反転して、北上しようとすると、向かい風だから、案の定、まともに北には向かえない。タックを繰り返しながら、重信川の河口に向かう。

先ほどより、さらに風は強く、うねりが高くなってきた。波を切る舳先から、水しぶきが艇内に入って来て、気がつくと、かなり舟の底に貯まっている。しばらく、セールをゆるめて、調味料かなにかの1ℓポリ容器を半分に切って作った水汲みで、溜まった潮を、一生懸命に外にかき出す。

重信川の河口を渡り切った所で、反転する。油断すると、セールが反える時、沈しそうになる。用心しなくては。今日は、慎重に行動せねば。

出艇して、1時間足らず経った。今日も無事に帰らなくてはならない。もう遊びはやめだ。まっすぐ、出艇地点に戻ろう。

帰りは追い風だ。舟が水しぶきを上げながら南に向かっている。艇尾の舵が、水中深く、白い泡を立てながら潮を切り裂いて、まるで、動力船のような長い引き波を残して行く。マストの先に付けた吹き流しが、空高く、真南に向かって暴れるように流れている。

気がつくと正午前になっていた。早朝雲におおわれていたのに、薄青色の空が一杯に広がり、太陽がまぶしい。風も波もさらに強くなって来た。舟の横揺れが頻繁に起こる。気がつくと、進行方向が変わっていて、あわてて舵を切ると、思いがけず、大きな横揺れが襲って来る。くわばら、くわばら。今日は、平穏無事に過ごしたいもんだ。

出艇地点が近づいて来た。もう一息で着艇出来る。せっかくの風だ。ちょっと、タッキングとジャイビングの稽古をしておこう。

何ごとも、思わぬ時に起こるもんだ。
ジャイブして、ビームの下をくぐった途端に、そのまま、舟を起こせず、横倒しとなった。久しぶりの沈だ。よりによって、こんないい日に。

あきらめて、水の中に入る。落ち着け、けっして、舟から離れてはいけない。と言い聞かせる。と思ったら、無情にも、マストとセールがさらに海中に入って行く。あああ、完沈だ。

波間にいると、波がひどく高く見えるもんだ。舟の周りを回って、センターボードをつかもうとするが、センターボードが引っ込んでいて、舟を起こせるかどうか、自信がない。さらに回り込んで、舳先に達し、裏返しになった舟の底に何とか這い上がってセンターボードまでたどり着き、ボードを一杯に引き出して、体重をかけて、完全に裏返った舟を横倒しにする。また海の中に入るのはいやな気分だ。もう二度と舟に上がれないんじゃないか?という弱気を振り払って、センターボードにとりついて、いよいよ、舟を起こす。こういうことは風下からやるべきなのか、風上からやるべきなのか。中に入った水は排水されるだろうか。鈍くなった頭であれこれ考えるが、とにかく、起こそう。

舟が起きた。さあ、舟に上がろう。これ以上、水中にいるのはいやだ。立ち泳ぎしながら、懸垂の要領で体を引き上げ、どうにかこうにか舟に滑り込んだ。やれやれ、うれしや、と思ったのも束の間、まごまごしているうちに、ビームがかえり、また沈。

それでも何とか、強風の中で再々度の沈起こしに成功する。でも、今度は、舟の中の水が抜けず、水がめ状態だ。例の水汲みで排水を試みるが、腕はだるくなるのに、まるで水が減らない。少し減った所で、いつの間にやら随分遠ざかったけれど、このまま陸地を目指すことにする。気がつくと、舳先は沖に向いている。何とか旋回を試みるが、失速していて、舵が効かない。ぐずぐずしているうちに、また水が入ってしまって、完全に水がめ状態だ。

おいおい、分かってるか? 今日はお祭りで、それに、ちょっとした日なんだぜ。平穏無事に暮らすはずだったのに、なんてこった。落ち着くんだ。わずかに残っていた勇気を奮い立たせて、排水のため、再度、自分で舟を横倒して、沈状態にする。わざとやろうとすると、こんちくしょう、恩知らずの舟め、なかなか寝てくれないもんだ。もう、腕時計が潮に浸かろうが、首に掛けた携帯電話機の入った防水パックがどうなっていようが、どうでもいい。とにかく、沈起こしだ。

立ち泳ぎは得意だが、いわゆる水泳は習ったことがない。だから、舟から離れるのだけは駄目、絶対駄目だ。舟の周りを回って、センターボードにとりつく。

舟が起きた。うれしいことに水も抜けてるが、腕の力も抜けている。体を引き上げられるだろうか。最後の気力と体力を振り絞るんだ。

何とか舟に転がり込むとき、少し水が入った。これ位なら、水汲みで排水できる程度だ。でも、舵も効くし、一刻も早く、陸地を目指そう。帰心だけは矢のごとしだけど。

砂浜に着いた。離岸した時よりも大分風が強くなっている。波打ち際で、疲れた体とちょっと反省して萎えた心に鞭打って、舵やシート類を外し、袋に収納する。風に大きくあおられながら、セールをマストに巻き付ける。舟を裏返して、潮水をかけて、砂を洗い流してやり、舳先をカートに乗せ、砂浜を道路まで押し上げて行き、車に積み込む。

振り返ると、秋の光の中で、海が美しい。

七九 六十三。今日は、63歳最後の日だ。
八八 六十四。明日は、64歳になる。
とくにこれといった感慨はない。

正直に言おう。実は、「沈」は上の記述では三度だが、本当は四度やっちまった。着岸した時は本当にうれしかった。さようなら、63歳最後の日射し。

8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

<ネコパコ>
あのね…
帰って来るなり、いきなりこれだとドッと疲れるんだわ

ま、とりあえずパソコンに向かって書き込めたんだから「よし!」なのかな
性懲りもなく…と言ってみても始まらない

そうしていつか、突然長いお別れがくるのかもね
覚悟しておくわ
お互いさまだけれど…

inchoudon さんのコメント...

<ライネケ>
いや、それほど危険なことをやっていたわけじゃないのです。久しぶりの沈だったので、ちょっとあわてただけです。
装備や身支度をきちんとして、それなりの心構えとほどほどの体力と動転しないような気力を持ち、ちゃんと状況判断した上での行動ですから(我ながら、すごいな)、大丈夫です(えらそうに)。
オートバイに乗ってれば、時にはこけるでしょう。それと同じですから。(なんて言うと、かえって心配するよな)

匿名 さんのコメント...

63歳最後の日射しが人生最後の日射し・・・
にならなくてよかったよかった

64歳おめでとうございます
長いお別れを覚悟しておくわとどんなに言ってみても
やはり心の準備は準備はできないから
長いお別れの前にまだまだ元気でいていただきたい

ちなみに
セイルが風下 自分が風上から沈を起こしましょう
なぜなら艇が起きる反動と風をはらんだセイルの力で
再度、沈する可能性が高くなるから

The 25% of your children

inchoudon さんのコメント...

<ライネケ>
The 25% of your children君、
ありがとうよ。
それにしても、アクアミューズって、水が入っちゃうとどうしようもなくなるな。そして、ヨットって、船足がないとまるで舵が効かなくなる。さらに、アクアミューズは、極めて横方向の安定が悪い。
まあ、2、3mの風でフラフラと海上をさまようのが一番だね。空気はきれいし、人はいないし。
そう簡単には人生最後の日射しは見ないと思ってますよ。
とにかく、ありがとうよ。無事に64歳になりました。今夜は、ネコパコ母さんが、分厚いステーキを焼いてくれた。美味しかったよ。

匿名 さんのコメント...

そんな事あんまり言わないでー。
同居生活から一人暮らしに戻って
寂しさが増してシミシミしてるんだから。

院長も事務長もまだ元気でいてください。
25%では心もとないので。

25%娘

inchoudon さんのコメント...

<ライネケ>
25%娘さん、
ありがとう。
しばしの間だったけど、事務長さんと、時を過ごせてよかったね。
うちには、おまけの5%位がいて、毎日、ニャ〜ニャ〜とうるさいよ。こいつのためにもまだ余りは老けられない。
また、遊びに来て下さい。
ありがとう。

kurashiki-keiko さんのコメント...

64歳におなりだとか、つかの間の同い年のkeikoです。本当に水の中で何度も立て直し、ずいぶんな体力の持ち主でよかったよかった。そこであきらめたらまさにあの世とやらで64歳を迎えられたかも。心身ともにお元気で何よりでした。

inchoudon さんのコメント...

<ライネケ>
kurashiki-keikoさま、
実は、それほど危険というようなことをやっているわけではありません。それなりに何とかなるということを見定めた上でやっているわけです。
ただ、大方のディンギーに乗る人は、クラブや部活動の中でやっていることなので、一人ぽっちで海に出て行くのではないので、周りに仲間がいて、いざ何かある場合、助け合うシステムなのですが、私は、一人で勝手にやっていることなので、なおさら、安全を重視しなければならないと思っています。
だからこそ、上に書いたような緊張が漂う状況描写となるのです。
ご心配をおかけしました。