2020年3月6日金曜日

渋・・さんのこと(3)

彼は、フランス語の学習に関して、アテネ・フランセのフランス人の先生がえらく熱心に、生徒の口の中に指を突っ込んで、発音を教えるんだ、と話してくれた。フランス語のrの発音はこんなのだと言って、例の痰を切るときのような喉頭摩擦音を聞かせてくれるのだ。フランス人たちの自国語に対する誇りとそれを外国人に教えるときの徹底ぶりを、目を丸くして、ライネケに語るのだった。申し訳ないが、毎日、受験英語に明け暮れていて、フランス語どころではなかったライネケは、あっけにとられて聞いていた。

のんびりした性格のライネケは、いろいろあって、とうとう結果的には3浪目を迎えてしまい、すでに山口大学の医学部は退学して、もう行き場所はなくなっていたのだった。これで何とかならなければ、親にも援助してくれた叔父にも、噂を聞いている同級生たちにも、誰にもあわす顔がない、という状況に追い込まれてしまった。それで、さすがに3年目は、もうなりふりかまわぬ受験態勢に入った。1年目からやっとけば早く済んだかもしれなかったが、それがライネケのライネケたる所以なのだった。

「赤シャツ」君にも、今は、フランス語やらに首を突っ込んでないで、とにかく、目の前の難関を突破するために、馬鹿になって受験勉強に取り組んだらどうだ?と言ってやりたかったが、自信満々で余裕ありげな彼の顔を見ると、一時は自分も受験勉強なんてくだらない、というような風をよそおったことがあるライネケには、彼の気持ちが分からないでもなく、偉そうに言うようなことでもなかったし、また、言ってやる義理もなかった。

たまに見かける彼の恋人というのは、鼻筋の長く通った、細面の妖精のような美少女で、彼のお眼鏡にかなったのだろう。後になって、彼は、肉感的な女性は不潔に感じるのだと言っていた。とにかく、彼は、美しい女性を見れば、ためらいなく声をかけられる性格のようだった。

彼女と彼との間がどうなったか。あとで話そう。


つづく

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