この暑い時期に、皆さん、ご苦労さんです。
この世の人もあの世の人も、よりによって、この暑い時期に、行ったり来たりするもんだ。
ちょうど、Soraちゃんが帰ってきたので、まずはお墓の掃除をして、明日、お迎えをします。そのつぎは、お送りするというしきたりだ。
十数年前、我々が倉敷から帰って来るまでは、月に一回、帰省するたびに、お墓の草抜きをしていたんだが、こちらに住むようになってからは、年に数回お詣りに来るときだけ、掃除することになってしまった。
田舎から都会に出て、ふる里から縁遠くなって、本人以外の家族にとって、実家といっても、もはや故郷でも何でもない、という人達が増えて来た。お盆時期の大渋滞の中を、久しぶりに田舎のお墓に来てみれば、八重むぐらに埋もれていて、今日、虫に食われながら大汗をかいて、掃除しても、次来たときはまたもとに戻っている、というのでは、嫌になるだろうね。
それで、「お墓」を、「お寺さん」を含めた「田舎」というものから絶縁して、都会の集合住宅みたいな建物に集中管理式に収めて、永代供養してもらう、という一種のビジネスがあるそうだ。
「ふる里」というものそのものが曖昧な物になっているのだ。我々一人ひとりが、実に、生きながらお互い、無縁仏になりつつあるのだ。
久しぶりに帰ってきたSoraちゃんと一緒に、大洲でお昼ごはんを食べた。
大洲の肱川のたもとにある川魚料理屋さんで、うな重だ。
前を肱川が流れて、
その向こうには冨士山(とみすやま、富士山ではない)が見える。外気温は32度だが、川風が心地よい。
前にも引用したが、
問君能有幾多愁
君に問ふ
よく幾多(いくた)の愁(うれ)ひありや
恰似一江春水向東流
恰(あたか)も似たり
一江の春水の東に向かひて流るるに
春じゃないし、肱川は西に向かって流れてるんだけどね。
この世の人もあの世の人も、よりによって、この暑い時期に、行ったり来たりするもんだ。
ちょうど、Soraちゃんが帰ってきたので、まずはお墓の掃除をして、明日、お迎えをします。そのつぎは、お送りするというしきたりだ。
十数年前、我々が倉敷から帰って来るまでは、月に一回、帰省するたびに、お墓の草抜きをしていたんだが、こちらに住むようになってからは、年に数回お詣りに来るときだけ、掃除することになってしまった。
田舎から都会に出て、ふる里から縁遠くなって、本人以外の家族にとって、実家といっても、もはや故郷でも何でもない、という人達が増えて来た。お盆時期の大渋滞の中を、久しぶりに田舎のお墓に来てみれば、八重むぐらに埋もれていて、今日、虫に食われながら大汗をかいて、掃除しても、次来たときはまたもとに戻っている、というのでは、嫌になるだろうね。
それで、「お墓」を、「お寺さん」を含めた「田舎」というものから絶縁して、都会の集合住宅みたいな建物に集中管理式に収めて、永代供養してもらう、という一種のビジネスがあるそうだ。
「ふる里」というものそのものが曖昧な物になっているのだ。我々一人ひとりが、実に、生きながらお互い、無縁仏になりつつあるのだ。
久しぶりに帰ってきたSoraちゃんと一緒に、大洲でお昼ごはんを食べた。
大洲の肱川のたもとにある川魚料理屋さんで、うな重だ。
前を肱川が流れて、
その向こうには冨士山(とみすやま、富士山ではない)が見える。外気温は32度だが、川風が心地よい。
前にも引用したが、
問君能有幾多愁
君に問ふ
よく幾多(いくた)の愁(うれ)ひありや
恰似一江春水向東流
恰(あたか)も似たり
一江の春水の東に向かひて流るるに
春じゃないし、肱川は西に向かって流れてるんだけどね。
4 件のコメント:
おお、sora君移動お疲れ様。
大洲でごろりいいですね、私は鰻は遠慮しますが。
月末に帰るのが楽しみです。
仙人掌姉
<ライネケ>
人すきずきだろうが、おいらにとっては、うなぎは美味しいよ。
芝不器男という俳人が出た松丸という南予の町に、四万十川の支流で採れるウナギを食わせる有名店があって、そこで、一番安いうな丼を注文したら、それでも3000円ほどした。こいつは、丼にこれはドジョウの開きじゃないのか、というような痩せてちっぽけなウナギが沢山敷き詰めてあった。一番高いのはご飯は別の「蒲焼き」で4350円だった。となりのテーブルのオヤジが、いきなり一切れおっことしたときは、思わず、10秒ルールで拾いあげたくなったよ。
Sora君が倉敷川で釣ってきたウナギはうまかったよ。
うなぎ、ご馳走様でした!
一枚目の写真見て思ったのですが、、、
うわっ、遺伝だな、こりゃ。
頬骨の高さ、O脚。
がま
<ライネケ>
誰の頬骨と誰のO脚だってんだよ。
まあ、いまどきのうなぎ事情なもので、あまり立派なうなぎは口によう入れてやらんが、あんなのでよかったら、また、お帰りや。
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