その昔、がまは「しやわせ」なおたまじゃくしであった。
みじんこやぞうりむしのような無害なお友達に囲まれ、
食べるものも寝る場所も過不足なく与えられ、
おおむね「満足」というものさえ意識しない、
要は恵まれた少年時代を送ってきたわけだ。
ところが、、、、
あるころからいやおうなしに競争と闘争(逃走)の日々が始まった。
がまは走る、はしる。
いつのまにか戦場は陸に移り、テキはますます強大
になってきた。生存競争はキビシイものなのだ。
「いつでも出かけられるぜ」
などと言っているが、どうせまた冷汗と脂汗を
かきながら走ることになるのだ。そんなもんだ。
geko
5 件のコメント:
<ネコパコ>
若干○○才にしてかなりの達観
いささか油を搾られすぎたのではないかと
心配してしまうほどです
まだまだ本番はこれからでは?
<ライネケ>
>その昔、がまは「しやわせ」なおたまじゃくしであった。
いやいや、今でも、ずいぶん「しやわせ」だと思うぜ。
>競争と闘争(逃走)の日々が始まった
競争から脱落するか、競争を勝ち抜いて頂点に立つか、競争を無視して超然として暮らすか。
>「いつでも出かけられるぜ」
ライネケは、ずっとこれまで、そう言ってきたけど、今では、出かけたら、すぐ終着駅に着いちゃいそうで・・・。
到着しないから
人間は前に進むのです。
到着したところで
なんもないのを知っているから
猫は寝るのです。
ぐにゃー。
chica
いつまでもおたまじゃくしでいることは
できないけど、おたまじゃくしの一匹ぐ
らい住まっている小さな池が心のなかに
あるとよいと思う。
池は松林に囲まれている。
奥の岸は蒲が茂っている。
手前の浅瀬に鷺が佇んでいる。
青空には入道雲が聳えている。
大人ぶった青二才の有象無象にはうんざ
りだけど、ユーモアを隠して黙っている
余裕が必要ですな。
なまねこなまねこ がま
<ライネケ>
ヨットを乗り入れて見ると、意外に奥の深い沼で、蒲の間を分けて岸辺に近づくと、板張りの桟橋があって、舟をもやって上陸する。
松林の向こうには、一軒の平屋の小屋があって、小屋につながったガレージらしき棟の板張りの大きな扉が開かれている。
小屋の煙突から薄く煙が立ち上って・・・。
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