2009年9月15日火曜日

ロナの近況 <ライネケ>

ロナは元気だ。

今日も朝5時前に、ライネケの枕元にやって来て、布団の中のライネケの鼻をかじって、朝食を要求した。昨夜、寝る前に、餌入れの中に、今朝分の餌はいれてやってるのだから、朝、目が覚めたら、勝手に、えさ場に直行すればいいものを、わざわざ手間をかけさせにやって来るのだ。

時々思う。子どもというものはこうして、わざわざ手間をかけさせることで、親の愛を試しているんじゃないかって。我々は試されているのかもしれん。

8月の末のある朝、ネコパコが、体をすりつけるロナを撫でてやろうとして、ふと見ると、右前足の付け根に、卵くらいの大きさのしこりがあるのに気づいた。


ネコパコに診察を要請されたライネケは、一目見るなり、暗い気分になった。境界明瞭で、下床との可動性なく、周囲と癒着しているようだ。波動を触れず、充実性みたいだ。

悪性腫瘍?

40年以上も前の事、ライネケの父親が可愛がった雌犬の事を思い出した。

ある日、老ライネケが車で往診に行った帰り道、一匹の子犬を乗せて帰って来た。シェトランドシープドッグ風の雑種だった。どういうわけか、道端で老ライネケと目が合ってから、ずっと車の後を追ってついて来たんだ、という話だ。えらく賢い雌犬で、老ライネケの機嫌、気持ちを極めて敏感に察知して、彼に寵愛された。美しくて、賢くて、老ライネケとその近親以外の人々に対しては傲慢で、抜け目のないお嬢さんだった。老ライネケのお小姓みたいに振る舞い、ほとんど人間と同様に、いやそれ以上に大切に扱われた。当時高校生だったライネケは、秘かに彼女をうとましく思う気持ちがあったと思う。

犬猫は人間並、ましてや、それ以上に待遇してはいけない、と思った。

ある日、その彼女の左前足の付け根内側に、しこりが見つかった。やがて、まだ若々しく美しい処女のままで、彼女は老ライネケにみとられながら死んだ。そのことを知らされた時、ライネケは、何かしら皮肉を感じた。人間以上に可愛がるからだよ、って。

医学を学んでから、思ったのだが、あの雌犬のあれは、多分、肉腫だったのだと思う。極めて悪性で転移も速い。あらためて、美しかった彼女の冥福を祈る。

ロナのしこりを一見して、彼女のことを思い出した。生まれたばっかりで目も開いてなくて、自分でミルクも飲めなかったロナがうちに来て、7年経つ。人間なら中高年期というところか。知能は子供のままだが、年齢的にはオイラより少し若いくらいだな。猫も悪性腫瘍は多いという。いよいよ彼にも運の尽きが来たのか。可愛がったけど、不吉なほど可愛がったというほどではなかったはずだが。

ライネケは憂鬱な心を抱えて、東京から帰って来ていたShigeに手伝わせて、かかりつけのM動物病院に彼を連れて行った。ロナを拾って来たのはShigeだったものね。Shigeには、ロナの生死に関わりあう権利と義務がある。

M動物病院のY先生は、ぱっと見て、ちょっと顔を曇らせた。とにかく、毛を刈ってよく見てみましょう、と言って、バリカンを当てた。実は、しこりの中央にかさぶたが付いていて、例のクロタとの喧嘩傷かな、と思っていたのだ。そのかさぶたをバリカンが巻き込んだ途端に、黄白色の膿がパーッと溢れ出た。

感染症だ!
クロタとの争いで生じた猫引っ掻き病だったんだ。

その瞬間のうれしかったことよ。麻酔されて、とろんとなっているロナの顔を見ながら、彼の体を何度も撫でてやった。その後、しこりを更に大きく切開し、中をある程度きれいに掃除してから、ステンレスのクリップを1本かけてもらって、彼は夕方、我家に帰って来た。

毎日抗生物質をやること。消毒すること。Y先生は、そう指示した。人間様用のビブラマイシン100mgの錠剤を半分に割って、一日50mgやることにした。一週間もすると、ぐんぐん良くなり、しこりも随分吸収され、浸出液も減少した。
それにしても、ロナに薬を飲ませるのは大変だよ。実に上手に吐き出すのだ。この牙を見てくれ。病人とはいえ、お猫様に、お薬をお飲みいただくのも大冒険だ。

2週間もすると、ほぼ完全に閉鎖した。あとは毛が伸びるだけだな。大した回復力だよ。やはり野育ちというか、雑種だからかな。我々も野生でなければ。

すっかりよくなって来て、今日も、机で仕事をしているネコパコ母さんの前に上がって来て、書類の山をいじくり、

完全に前を占領して、

わざわざ、精一杯大きく伸び広がって、仕事の邪魔をしたり、

毛繕いをしたり。

うちのロナは、親の邪魔になっても、どうでも、手間をかけさせようとする。きっと、彼らの野生がそうさせるのだ。野生の要求であれば、応えてやらねばならない。

猫でさえ、これほど甘える。人の子はなおさらだろう。それに応えて、手間をかけてやらなければならないのは当然だろう。そのうち、人の子は、素直には甘えなくなる日が来るだろう。「キスなんて大嫌い」と言う日が来る。本当は、ずっと、甘えていたくっても。

いつの日か、甘えたくても甘えられず、精一杯、強きをよそおって生きて行かねばならぬ日が来る。タフでなければ生きて行けないのがこの世らしいからね。

If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.

チャンドラーの「プレイバック」の中の主人公フィリップ・マーロウのセリフだ。優しさがあってこその強さ。そうしたhardさもgentleさも、幼い日の存分の甘えとそれに応えての精一杯の手間ひまから育つものと信じたい。自然の中に内在する全ての優しさと強さが、時間と手間をかけて醸成された土壌から生じるように。

彼の隠れた爪と、我家の床の至る所にある爪痕。
彼がいつまでも私たちと共にいてくれたらいいのに。
どちらが先か分からんけどね。


4 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

<ネコパコ>
良くなった、よくなったと思ったのも束の間
またギャオギャオやっていると思ったら、
後ろ足から血をポタポタさせながら帰宅
見ると足の爪がもげて一本無い!!
のど元にも穴がポン
よくよく懲りないおばかさん

クロタの痛手はどの程度なのか、ちょっと気になる所です

ライネケ院長 さんのコメント...

<ライネケ>
一見すると、ロナの方が、クロタより大柄なんだが、どうも形勢が悪いようだ。

クロタもそれなりに痛手を負ってるはづなんだが、何せ真っ黒なんで、どの程度負傷してるのかよく分からん。

親としては、我が子ばかりやられるのは情けないんだが、子どもの喧嘩に親が出て行くのもなんだかなあ。

仲良くやって欲しいもんだよ。

匿名 さんのコメント...

わーい。ニャンニャンだ!
我が家で一番目つきの悪い子ですな。
元気になってよかったね。

優しいって難しい。
いつだって自分に厳しく他人に優しくいなきゃって
思うけど
出来ない。
ああ、今の私は嫌だって思いながら止められない。

ロナみたいに鋭い爪はさっと隠せるように
なりたいです。

やられると痛いけど。

         chica

匿名 さんのコメント...

<ライネケ>
猫の爪は鋭くて危険だけど、足はかわいくて、どことなくファニーだ。
ロナの爪がなければ、我家の畳もふすまも安心なんだが、彼が、いざという時、戦ったり、塀に駆け上がったり出来ないとまずいので、爪を切らないでおいて来た。
なるべく生まれたまま、野生のままで、生きたい。生かせたい。