昨日、台風19号が去り、今朝早いうちは雲の多かった空が、明るくなって来て、昼前には、すっかり青空になった。今日10月15日は、松前町のお祭りの日で、休診日だ。ネコパコは、先週金曜日から東京に行ってて、今夜、帰って来る筈だ。
朝、いい風が吹いているので、海に出ることにした。
朝食を済ませ、舟を230TEの上に積み、塩屋の浜に行く。
波打ち際で、艤装をしていると、北北西の風が結構な勢いで吹いていて、セールをゆるめていても、舟幅が狭くて底の丸いアクアミューズは横倒しになりそうになる。
ウェットスーツの短いのを着て来たが、海に立ちこんでみると、潮は暖かい。
苦労なく出艇した。
どんどん沖に出て、右手に垣生港の赤い灯台、左手に伊予市のヤマキの赤い大看板が見える所まで行って、南下する。沖合に出てから、風はますます強くなり、5m/秒弱はあるんじゃないか。追い風を受けて、波を切り裂きながら、塩屋の浜から離れて行く。
待てよ、こんな調子で南に行って、帰ろうと思って、北上しようとして、帰れなくなるんじゃないか。なんといっても、あまり危ないことは避けるべきだろう。おいらも賢くなったもんだよ。
というわけで、反転して、北上しようとすると、向かい風だから、案の定、まともに北には向かえない。タックを繰り返しながら、重信川の河口に向かう。
先ほどより、さらに風は強く、うねりが高くなってきた。波を切る舳先から、水しぶきが艇内に入って来て、気がつくと、かなり舟の底に貯まっている。しばらく、セールをゆるめて、調味料かなにかの1ℓポリ容器を半分に切って作った水汲みで、溜まった潮を、一生懸命に外にかき出す。
重信川の河口を渡り切った所で、反転する。油断すると、セールが反える時、沈しそうになる。用心しなくては。今日は、慎重に行動せねば。
出艇して、1時間足らず経った。今日も無事に帰らなくてはならない。もう遊びはやめだ。まっすぐ、出艇地点に戻ろう。
帰りは追い風だ。舟が水しぶきを上げながら南に向かっている。艇尾の舵が、水中深く、白い泡を立てながら潮を切り裂いて、まるで、動力船のような長い引き波を残して行く。マストの先に付けた吹き流しが、空高く、真南に向かって暴れるように流れている。
気がつくと正午前になっていた。早朝雲におおわれていたのに、薄青色の空が一杯に広がり、太陽がまぶしい。風も波もさらに強くなって来た。舟の横揺れが頻繁に起こる。気がつくと、進行方向が変わっていて、あわてて舵を切ると、思いがけず、大きな横揺れが襲って来る。くわばら、くわばら。今日は、平穏無事に過ごしたいもんだ。
出艇地点が近づいて来た。もう一息で着艇出来る。せっかくの風だ。ちょっと、タッキングとジャイビングの稽古をしておこう。
何ごとも、思わぬ時に起こるもんだ。
ジャイブして、ビームの下をくぐった途端に、そのまま、舟を起こせず、横倒しとなった。久しぶりの沈だ。よりによって、こんないい日に。
あきらめて、水の中に入る。落ち着け、けっして、舟から離れてはいけない。と言い聞かせる。と思ったら、無情にも、マストとセールがさらに海中に入って行く。あああ、完沈だ。
波間にいると、波がひどく高く見えるもんだ。舟の周りを回って、センターボードをつかもうとするが、センターボードが引っ込んでいて、舟を起こせるかどうか、自信がない。さらに回り込んで、舳先に達し、裏返しになった舟の底に何とか這い上がってセンターボードまでたどり着き、ボードを一杯に引き出して、体重をかけて、完全に裏返った舟を横倒しにする。また海の中に入るのはいやな気分だ。もう二度と舟に上がれないんじゃないか?という弱気を振り払って、センターボードにとりついて、いよいよ、舟を起こす。こういうことは風下からやるべきなのか、風上からやるべきなのか。中に入った水は排水されるだろうか。鈍くなった頭であれこれ考えるが、とにかく、起こそう。
舟が起きた。さあ、舟に上がろう。これ以上、水中にいるのはいやだ。立ち泳ぎしながら、懸垂の要領で体を引き上げ、どうにかこうにか舟に滑り込んだ。やれやれ、うれしや、と思ったのも束の間、まごまごしているうちに、ビームがかえり、また沈。
それでも何とか、強風の中で再々度の沈起こしに成功する。でも、今度は、舟の中の水が抜けず、水がめ状態だ。例の水汲みで排水を試みるが、腕はだるくなるのに、まるで水が減らない。少し減った所で、いつの間にやら随分遠ざかったけれど、このまま陸地を目指すことにする。気がつくと、舳先は沖に向いている。何とか旋回を試みるが、失速していて、舵が効かない。ぐずぐずしているうちに、また水が入ってしまって、完全に水がめ状態だ。
おいおい、分かってるか? 今日はお祭りで、それに、ちょっとした日なんだぜ。平穏無事に暮らすはずだったのに、なんてこった。落ち着くんだ。わずかに残っていた勇気を奮い立たせて、排水のため、再度、自分で舟を横倒して、沈状態にする。わざとやろうとすると、こんちくしょう、恩知らずの舟め、なかなか寝てくれないもんだ。もう、腕時計が潮に浸かろうが、首に掛けた携帯電話機の入った防水パックがどうなっていようが、どうでもいい。とにかく、沈起こしだ。
立ち泳ぎは得意だが、いわゆる水泳は習ったことがない。だから、舟から離れるのだけは駄目、絶対駄目だ。舟の周りを回って、センターボードにとりつく。
舟が起きた。うれしいことに水も抜けてるが、腕の力も抜けている。体を引き上げられるだろうか。最後の気力と体力を振り絞るんだ。
何とか舟に転がり込むとき、少し水が入った。これ位なら、水汲みで排水できる程度だ。でも、舵も効くし、一刻も早く、陸地を目指そう。帰心だけは矢のごとしだけど。
砂浜に着いた。離岸した時よりも大分風が強くなっている。波打ち際で、疲れた体とちょっと反省して萎えた心に鞭打って、舵やシート類を外し、袋に収納する。風に大きくあおられながら、セールをマストに巻き付ける。舟を裏返して、潮水をかけて、砂を洗い流してやり、舳先をカートに乗せ、砂浜を道路まで押し上げて行き、車に積み込む。
振り返ると、秋の光の中で、海が美しい。
七九 六十三。今日は、63歳最後の日だ。
八八 六十四。明日は、64歳になる。
とくにこれといった感慨はない。
正直に言おう。実は、「沈」は上の記述では三度だが、本当は四度やっちまった。着岸した時は本当にうれしかった。さようなら、63歳最後の日射し。