人生は、不条理と非合理、誤解と無理解、愚行と滑稽に満ちており、そうした人生に対する幻滅は、人をして病ましめる。うまい物でも食ったら、心が晴れるだろう、なぞと言う人は、余程お手軽にできているに違いない。人生は、世界は、馬鹿馬鹿しくて滑稽だが、なかなか手強いものなのだぞ。
さる日曜日、ライネケ院長は、腰痛、膝痛に加え、更年期障害、それに、追い討ちをかけるように空の巣症候群と初老期鬱病、更にまた、理解のない夫の理不尽さに悩むネコパコ事務長を慰めるため、美味しい物でも食べに行こう、と大洲に出かけた。それにしても、我ながら、随分たくさん病名をつけたものさ。
ライネケの住む松前町から、約50キロほど離れた町。大洲はすでに何度も遊びに行っている。車で1時間少し。町の中心部を肱川が貫いており、臥龍山荘という昔の金持ちの別荘がある。丁度、その辺りで肱川が蛇行しており、川を龍に見立てた趣向だろう。
ライネケはウナギのかば焼が大好きだ。小学校の頃から、近くの川で、百姓のおじいさんのとって来てくれたウナギを食っていた。中国に行った時、田ウナギのぶつ切りの甘辛煮込みみたいなのを食したが、やっぱり、ウナギはかば焼に限る、と思った。それも東京風の蒸したやつでなくて、そのまま、何度もたれにつけて、焼くのがいい。
昔々、中学一年生だった次男Soraninが、倉敷川で、大型のウナギを、引っかけ釣りで釣り上げて来た。近所の魚屋でおろしてもらい、ライネケみずから、よだれを垂らしながら、たれをつけつけ、焼いたのが一番だった。とても大きかったので、一度に食べられず、素焼きにしておいて、何度にも分けて焼いて食べた。大型のウナギは大味だ、とか言うけど、あれは、本当に美味しかったよ。
さて、出かける前に、大洲市在住の知人のM氏に推薦してもらった「なかつか」という川魚料理店に予約の電話を入れておいた。なんでも、川の見えるいい部屋があるそうだとか。あまり期待しないで出かけよう。そうは言っても、楽しみだねえ。
おおおっ。いいじゃないか。
肱川の蛇行部に向かって、部屋が大きく開け放されており、濡れ縁がある。雨戸は格納されて、硝子戸が引いてある。あいにくの曇り空だが、風が強く、涼しくて、いい気分だ。
部屋にこんなウナギの絵が掛かっていた。
風に吹かれて、山や川を見て、待っているうちに、うなぎ定食が運ばれて来た。
うな重、肝吸い、漬け物。
ウナギは小振りで、東京みたいに蒸して油を抜いて焼くのでなく、そのままたれ焼きにするやり方のようだ。ご飯はパラパラしていて、美味しい。まあ、こんなものだろうね。昼飯なので、これくらいで丁度いいかという所。
左端に見える突出付近が、臥龍山荘のある辺り。いろいろ、思うことはあるが、しばし、景色を眺め、水の流れ、時の流れに身を任せてみよう。
そおっと寝てみた。
濡れ縁は随分朽ちていて、
それがかえって美しい。
西に向かう肱川の流れは緑色。
往く雲、流れ去る水、朽ちて行く縁木。
全ては一方向に
過ぎ去って行くものなのか。
自是人生長恨
水長東
自(おの)ずから 是れ 人生は長(とこし)へに恨み
水は長へに東(ひがし)す
ネコパコ事務長、少しは気が晴れたかな?