うちの駐車場の端に埋めた生ゴミから、カボチャのつるが伸びて来た。野生の生命の輝きを見よ。うどん粉病をものともせず、次々と新しい葉が出て、どこまでも伸び広がって行く。黄色い花を咲かせ、頼んでもいないのに実をつける。
まるで、これは、Soraちゃんだな。
9月19日
Soraちゃんの誕生日、おめでとう
生まれて、一週間ほどは静かな子で、高周波音で泣くHarunoで本当に疲れ切ったネコパコ母さんとライネケ父さんは、こりゃ、楽そうだ、と思ったもんだ。
ところが、その後、地獄が始まった。とにかく、グジグジうるさかったんだよ。ずうーっと、一年以上も。夜中でも「水が飲みたい」、「おなかが減った」、旅行中の車の中でも5分おきに、「今、どこ?」「あと、どのくらい?」「ここ、どこ?」
一体、何度、車の窓から投げ出してやろうか、と思った事か。
淡路フェリーに乗って。
うしろは、ChicaさんとHaruno君。
1987年5月の連休、滋賀から名神、阪神高速を乗り継いで、明石から淡路島に渡る所。このあどけなさがSoraちゃんの魅力だった。いつもよだれを垂らしてた。
正直言って、ライネケ父さんは、君が、ネコパコ母さんのおなかの中にいた時、てっきり、女の子だと思っていたので、泥縄のいつもに似合わず、えらく気早く、女の子の名前を用意していた。
この故に我なんじらに告ぐ。
何を食らい、何を飲まんと、命の事を思い煩い、
何を着んと体の事を思い煩うな。
命は糧にまさり、体は衣に勝るならずや。
空の鳥を見よ。播かず、刈らず、倉に収めず。
然るに汝らの天の父は、これを養いたまう。
………
また、何ゆえ衣の事を思い煩うや。
野の百合は如何にして育つかを思え。
労せず、紡がざるなり。
されど、我汝らに告ぐ、
栄華を極めたるソロモンだに、
その装い、この花一つにもしかざりき。
今日ありて、明日、爐に投げ入れらるる野の草をも、
神はかく装いたまえば、まして、汝らをや。
マタイ伝第25−31
この女の子は苦労無しに育つんだからね、神様がお守り下さるんだから、というつもりでいたのに、生まれてみたら男の子だったというわけだ。いまさら名前を考え直すなんて、できるもんか。ずっとそのつもりで、とっておきの名前を用意して待っていたんだから。というわけで、Soraちゃんの名前はそのままになったのでした。
それにしても、こんなに贅沢な名前はないと思うよ。つけた自分で言うのもなんだが、出典までさかのぼって考えれば、これほど素晴らしい名前は、そうそう、ないはずだ。生まれ落ちた後の人生で最大のプレゼントだと思ってくれたまえ。
4歳の頃、京都の北白川辺りの公園で
集団にはなじまず、群れからいつも離れていた。Soraちゃんはどこ?って、辺りを見回せば、ほら、このとおり。羊さんの上。
生意気に両手をズボンのポケットに突っ込んで
大岐の浜で太平洋を背にするSoraちゃん。
時々、しゃくにさわったり、うるさかったり、腹が立ったりもするけど、君の生命力の強さにキツネコ一家の夢を託します。
君はすでに、いろいろなことを成し遂げてきた。君には君なりの自負があるだろう。でも、君には新たな展開に向かっての離陸を期待しています。
京都北山 久多の村のキャンプ場で
あらためて、23回目の誕生日おめでとう。
きっと、大化けするのだぞ。